北九州市若松区。かつて石炭の積み出し港として栄えた洞海湾の近くに北九州市立石峯中学校はある。生徒数約150人の石峯中で、大日本印刷の提供する教育DXサービス「リアテンダント」を活用しているときき取材に訪れた。
取材に応えていただいたのは、石峯中で社会を教える松本美幸先生。校内でデジタルサービスの数少ない扱い手ではあるが、巧みに授業や日々の仕事に取り入れているとのこと。
△石峯中が開校したのは北九州市が五市合併する以前の1947年。今年で75周年を迎える。
<Qラボ>松本先生、本日はよろしくお願いします。松本先生が中心となってデジタルのシステムを活用されてらっしゃると聞きました。
<松本先生>年間で使う回数は私が一番多いと思います。これまでとの違いは、効率面。速さと正確さが今までと違います。最もミスが減ったのは集計です。点数の計算がシステムに移行した分、速いし正確なので時間短縮になったかなぁと思います。
<Qラボ>かなり使いこなされている印象を受けました。
<松本先生>ここ2年くらいはずっと使っています。2020年度の途中から正式に使い始めました。
<Qラボ>システムを使いこなすことによって、ゆとりが出ていると考えていいでしょうか。
<松本先生>先ずは試験導入して、使う前と使った後の削減効果が出たことで、正式の導入となりました。これまで手で採点や集計をしていた頃は、1学年で2時間くらいかかっていた。それが半分の1時間かからないくらいには減ったと思います。
成績処理の時間が大きく減った分、別の仕事ができるようになった。部活動、教科の準備や教材の作成の時間にあてられている。3学年担当しているので、授業で使用するプリントや資料も3種類作成する必要がある。毎週10授業分の準備が必要になるので、成績処理の面で負担が少ないので、とても助かっています。
<Qラボ>松本先生の授業はどのようなイメージでしょうか。デジタル教科書も使われていますか?
<松本先生>デジタル教科書を使って授業をする先生もいらっしゃいますが、私は自分で資料をつくります。板書と資料提示をICTを使います。パワーポイント資料を自分で作って、黒板に映しながら授業しています。
△生徒に配布された端末と、松本先生が作成したパワーポイントの資料。
<Qラボ>オリジナルバージョンの資料を作っておられるんですね。
<松本先生>はい、そうです。生徒は一人一台で配布されたWindowsのタブレットPCと、紙のノートを使って授業を受けます。これが生徒が使っている端末です。他の学校では、毎日持って帰るところもあるようですが、うちは、長期休みや土日に持ち帰ってよいことにしています。これが自分の作成した教材です。
<Qラボ>これはわかりやすいですね!
<松本先生>教科書の図をスキャンで取り込んだものを編集して作成しています。これは『世界の暮らしについて』の授業の資料です。これは生徒のワークシートをスキャンしたものです。「こんな意見があったけど~。」というように使っています。子どもを主体にするように工夫しています。社会はやっぱり資料がないとわからないので作成しています。
<Qラボ>中学校の先生のお仕事の内容と全体の割合を教えてください。
<松本先生>授業に成績処理と教材研究を加えた仕事が「教科指導関係」、学校全体に関わる仕事を役割分担して行う「校務分掌」や、これに加えて「部活動指導」があります。私は授業に時間をかけるので,全体の比率は,教科関係が5、校務分掌が3、部活動が2という感じです。
私は担任を持っていませんが、担任を持てば、さらに「学級指導(事務)」が加わります。
校務分掌の仕事は結構重たいんです。私は昨年度「進路指導主事」という進路に関する仕事も担当していました。高校の先生方との面談や、高校に関する資料作成、入試に関わる指導や事務を行っていました。
△松本先生が廊下を歩くと放送部の部員が集まり確認がはじまった。
<Qラボ>教科以外のお仕事が半分の割合を占めているのに驚きました。他の仕事も多いんですね。部活動のお話をもお聞かせください。
<松本先生>部活は放送部を担当しています。朗読・アナウンスの大会に向けた練習だったり、行事の運営は放送部が主になるのでそれを計画したり、あとは作品をつくったり、動画作成などがあります。
<Qラボ>部活の指導も大変ですね。
<松本先生>運動部だと、もっと仕事があると思います。分けた中でも、本当は教科の指導に力を入れないといけないですけど、部活動が大きな負担になると、そこが難しくなります。
DXシステムを開発・提供する現場の視線②
インタビュー/DNP 大日本印刷教育ビジネス本部営業企画部第4グループリーダー
佐藤俊介氏
教育現場のデジタル化に理解を深めるために、全国で教育のデジタル化をに取り組む大日本印刷(以下DNP)で教育DX事業の統括を務める佐藤俊介リーダーにリモートを通して話をうかがった。(前回に続く)
<Qラボ>佐藤リーダー「リアテンダント」のことを詳しく教えてださい。
<佐藤リーダー>「リアテンダント」は先生方の働き方改革しながら、個に応じた指導を支援することを目的としたサービスです。例えば、授業をやった後にテストをする。テストの結果から子供たちがどれくらいできたかな。ということを考えて個に応じた指導をしていく。そして指導した結果、またテストをやって、できたかな。できてなければまた指導をする。といった、指導と評価の“学びのサイクル”を繋いでいくことをお手伝いするという考え方です。
大きく分けて機能は2つあって、一つは先生のテストの採点業務を楽にすること。2つ目は、採点した結果から、指導に必要なデータを集計分析する機能があります。
一般的に、先生はテストを採点するときに、1クラス分(例えば40枚)の解答用紙をクリップで止めて、設問単位でめくりながら採点していくんです。
リアテンダントでは、紙のテストをスキャナーで取り込むことで、パソコン上で採点することができます。採点画面では、同じ設問の解答が一覧で表示されますので、そこをクリックしていくだけで採点してできるようになっています。フルオートで採点されるわけではなく、先生が子供たちの解答を見ながら採点しますので、どういう間違い方の傾向があるのかわかるようになっています。
<Qラボ>とても便利でな、わかりやすいシステムですね。
<佐藤リーダー>パソコンで採点すると何故早くなるのかというと、デジタルならではの便利な機能がついているからです。同じ設問が並ぶので、正解が多そうだなと思ったら「全て◯」というボタンを一回押すと、全部「◯」が付く。その上で、間違っているところだけ「×」のボタンを押せばいい、というかたちになってます。「×」だけをつければいいので、採点時間が半分になるという仕組みです。
さらに、先生は部分点の「△」をつけることがあるんですけど、部分点の公平性を担保するために、ソート機能で「△」をつけた子の解答だけを並べて、もう一度見直すことができる機能もあります。
<Qラボ>実際、時短効果はどれくらいありますか?
<佐藤リーダー>ある中学校さんで見た場合、1クラスあたり約150分くらいかかっていた採点時間が、約70分になりましたので、約60%ほど削減効果が出ています。教科によって、ばらつきもありますが、50%から60%くらいは削減できています。
<Qラボ>なるほど、まさに働き方改革ですね。
<佐藤リーダー>リアテンダントでは、採点後の結果を集計し、指導に役立てるための見える化機能もあります。例えば、学年全体のテストの結果を、棒グラフで表した度数分布表というもので見ることができます。これで見ると「今回のテストはみんなよくできてるな。」ということが一眼でわかります。
さらに、これをクラスごとで見ていくと、度数分布表の中に子どもたちの名前が表示されるようになっています。そうすると、例えば、「普段90点台をとっている子どもが今回は60点台にいるぞ。」ということがわかったりする。そこで、その子の得点推移グラフをみると、どこから解らなくなったのか。ということを把握することができる。また、何個前のテストの、どんな観点がわからなくなっているのか、がわかったりします。
<Qラボ>子ども一人ひとりに寄り添っていますね。
<佐藤リーダー>現状小中学校の公式なテストはほとんどが紙で行われます。中間テストや期末テストといった、学力を推し量るテストは紙で実施されますが、これを取り込んでデータ化するとい取組みはあまりされていない領域です。
<Qラボ>中間、期末のテストという最も大切なデータを蓄積することが、時間を削減するだけでなく、子供たちに寄り添えるということがわかりました。佐藤リーダーありがとうございました。
※DNP佐藤リーダーのお話は、開発意図を理解するためのものであり、石峯中の具体的な取り組みとは無関係です。
△社会科準備室を案内していただいた。壁面には松本先生による手作りの資料がびっしりと掲示されていた。
<Qラボ>採点の画面を見せていただいてよろしいでしょうか。
<松本先生>これが画面です。このように、回答を一覧表示できるので便利です。採点はだいぶ効率化できていると思います。問題ごとに表示させたり、クラスごとに表示させたりもできます。
テストの成績は紙のノートにも記入してます。パソコンを立ち上げなくても見れるのと、見比べたりするときに紙のノートの方が便利なので、紙のノートは欠かせないんです。
<Qラボ>使いこなしていらっしゃいますね。こうして紙のノートに成績を記入されておられるのは昔ながらのやり方ですね。先生、本日は貴重なお話をお聞かせいただきありがとうございました。
△テストの採点ページ(画像は一部加工しています)。
取材を終えて
取材後、社会科目準備室で、授業の一部を見せていただいた。わかりやすく学べる工夫がありとても楽しい。デジタルは使っていないが、子どもたちに届くように工夫されているからだろう。
松本先生の授業は、子どもたちの心をとらえていることが容易に想像できた。
△社会の授業の様子を再現いただいた。わかりやすく丁寧。心がこもった授業を感じた。
石峯中校長の本田壽志先生にご挨拶させていただいた際、
「映像の資料やデジタル教科書など、教材さまざまなデジタルツールがあるから、学校側は取捨選択して最適なものを採用して行かなければならないんです。現場の先生から上がってきたもので判断するのですが、教材研究をたくさんして子どもたちに解りやすい“良い授業”をしている先生の意見を採用したいと考えています。なんとかしてあげたい。という気持ちになる。」と語っておられた。
デジタルは「時短」だけではなく、「子どもたちに、より寄り添うためのもの。」頑張る先生の情熱が、一番の原動力だということが取材でわかった。「松本先生の授業は楽しい!」そう感じる生徒は、一生、松本先生の授業を忘れないことだろう。
お忙しい時間にお時間をいただき、貴重なお話をいただいた松本先生、本田校長をはじめ石峯中のみなさまに心から感謝します。ありがとうございました。
「不易と流行」。取材中、照葉北小学校でうかがった久保田校長の言葉が浮かんだ。
デジタルツールを使いこなすのは手段であって目的ではない。ツールは便利になり、これを使いこなすことで効率化ができる。つまり、「流行」が加速的に進化する時代になった。そして、これはさらに進化するだろう。
しかしながら、一番大切なのは、DNPの佐藤リーダーも「子どもたちに寄り添う時間が大切だからここを増やしたい。」とお話しされていたように、児童や生徒に「大切な教えを授ける」ことであり、子どもたちの立場で考えれば「大切な何かを学ぶ」ということだろう。
教育現場だけでなく、様々な業界や現場で「不易」の部分をより大切に考えたデジタルツールが必要なのかもしれない。我々がデジタルを取り入れていく時、「変わらないこと(変えるべきでないこと)」を踏まえて、改革していく必要がありそうだ。(終)