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  • KYUSHU-ZINE 01「うちの『焼き加減』は真似できないと思います」 雷橋オーナー/佐竹 孝雄

vol.13雷橋オーナー
佐竹孝雄 さん

18歳で福岡の古着店でアルバイトをはじめて以来、福岡の街と共に生き、福岡のカルチャーシーンに深く関わってきた、ジョニーこと山下宗孝。
数々のファッション・雑貨のセレクトショップを立ち上げる傍ら、音楽活動、飲食で店のプロデュースまで行い、最近では福岡のタウン誌に銭湯記事を連載する。

KYUSHU-ZINEは、そんなジョニーが九州で活躍する様々なジャンルの友人をゲストとして招き、普段は語らないあんな話やこんな話を聞く、トーク・セッション。

第一回目のゲストは、福岡の炉端文化の火付け人である「株式会社 雷橋」のオーナー佐竹孝雄氏。「炉端 三光橋」にて。

*S:佐竹孝雄氏(さたやん)
*J:山下宗孝(ジョニー)

「ずーっと福岡の街に憧れがありました」

J:さたやんの出身地は?
S:福岡県田川市の後藤寺です。
J:ローカルサイド!
S:幼い頃からずーっと福岡の街に憧れがありました。すべてがキラキラしてるイメージだったし。高校生くらいから友達と遊びに来てました。
J:どんな所に刺激を受けたの?
S:洋服屋も沢山あったし、音楽が溢れてたからかなぁ。
J:さたやんは音楽好きだもんね。全店のBGMも自らセレクトしてるし。
S:そげんです、音楽は好きっすね。

J:ほんでっ、高校卒業して福岡へ出て来たキッカケは?
S:中村調理師専門学校へ入学したのがキッカケすね。
J:元々料理をしたかったんやね?
S:そうっすね。
J:専門学校を卒業してからは?
S:某フレンチで働きました。
J:へぇ~、フレンチなんや。それは何でフレンチやったん?
S:いやぁ〜何でも良かったんですよ、たまたま縁があって。
J:何年か?
S:1年くらいすかね。
J:何で辞めたの?
S:福岡の街には沢山誘惑があって…、辞めました(笑)

J:それからは?
S:何やかんや色々なバイトしたんすけど、結局は居酒屋さんでバイトしました。
J:それが当時、上人橋通りにあった「四十五円屋」よね。
S:そうです、その時にジョニーさんと知り合いましたよね?
J:そうやね、合コンでよく使っとったもん(笑)
S:あの頃のジョニーさんには話しかけづらかったです(笑)
J:その話は置いといて…。

「京都から福岡まで、自転車で帰りました。
色々な所を回って店で出す素材を見つけようと思ってましたし」

S:それで「四十五円屋」を27、8歳くらいに辞めたんですよ、ある会社が京都にもつ鍋のお店を出すのに誘われて。
J:そうなんやね。
S:23歳で結婚して家族も居たので一緒に京都へ行きました。
J:何年くらい京都居たの?
S:5、6年くらいすかね。
J:京都はどうやった?
S:凄い繁盛店だったんで毎日忙しくしてましたよ、街の新鮮さも感じてましたね。
J:そうだよね。京都は街も食も人も独特な文化があるし。
S:そうなんすよ。京都に居る途中で会社へお願いして炭火焼屋さんをさせてもらったりもしましたね。
J:それは京都で影響を受けて?
S:いや違うんです。当時福岡の大名に小さな炉端焼きの店があって、そこの店の良い所のイメージでやらせてもらいました。
J:ヘぇ〜、そうなんや。
S:福岡に炉端焼きの店とかあんま無かったし、小さい店でとにかく何か良くて。
J:そこが雷橋を作る際のイメージになったの?
S:素材をシンプルに焼くというイメージはそこからっすね。
J:なるほど。それで、何で京都の店を辞めて福岡へ帰ろうと?
S:最初から数年で福岡へ帰ろうと思って、行ってましたから。
J:何歳で帰って来たの?
S:35歳ですかね、まずは家族を帰らせて福岡での生活環境を作ってもらって、僕は数ヶ月後に、京都から福岡まで自転車で帰りました。
J:自転車で福岡まで?
S:はい(笑)
J:何でよ?(笑)
S:完全な中二病です(笑)
J:(笑)

S:もう福岡へ帰って炉端焼きをやろうと決めてたんで、色々な所を回って店で出す素材を見つけようと思ってましたし。
J:その頃には今の対面式炉端焼きのイメージはできてたの?
S:はい、頭の中で完全にできてました。

J:そうかぁ、それでその道中は?
S:忘れもしませんけど台風が凄い年で道中ずっと雨でしたよ。
J : ずっとはキツイな。
S:まずは京都で知り合ったお客さんの繋がりで京都から日本海側の舞鶴へ出て宮津、丹後半島をぐるっと回りましたね。
J:寝泊まりはどうしたの?
S:行き当たりばったりで寺に泊まらせてもらったり、野宿したりしましたね。
J:(笑)
S:お寺で泊めてもらった時はお説教を聞いて、朝から草むしりしたりお手伝いして、市場へ連れて行ってもらったりしたっすね。
J:なんか良い話になってきたね。
S:「雷橋」系列で提供してる「へしこ」、食べた事あるでしょ?
J:うん。
S:宮津の市場の帰りに大雨になって店の軒先で雨宿りしていたら美味しい「へしこ」を作っている店で、今でもお付き合いさせてもらってます。
J:良い話や。
S:それから城崎温泉があったんで、旅館に2泊くらいしましたね。
J:羨ましいな〜。
S:それから兵庫県を通って。
J:だいぶん自然が深そうやね。
S:そうなんですよ。泊まる所はなかなか無いし、猿にはションベンかけられるし!
J:(爆笑)
S:ひたすら道の駅や直売所へ寄りながら、鳥取から島根へ下りて山口へ入りましたね。
J:山道、険しかったろうな〜。
S:山口入った途端に台風直撃で完全に足止め食らって、知り合いの紹介で鮎料理のお店に住込みでお世話になりました。
J:何してたの?
S:送迎とかお手伝いしながら楽しくなって1週間くらい居ましたね。

「またいつか、行きたいと思ってますよ。
次はせめてバイクですかね。野宿もしたくないです」

J:それから福岡へ帰るの?
S:そうですね。頭の中にはバッチリ店のイメージがあったんで物件だけと思ってたら、たまたま「雷橋」の物件の話をいただいて速攻で契約して。
J:もう店出したくてたまらなかったんやん。
S:内装もメニューも、カウンターの幅や高さなんかも、旅の途中でイメージできてたんで早かったっすね。
J:それが何年前だっけ?
S:ちょうど10年前、平成22年でしたね。
J:やっぱ京都からの自転車での旅が「雷橋」をやるにあたり大きかったの?
S:めちゃめちゃ大きいっすね、色々な素材も知れたし触れる事が出来たので。
J:1ヶ月くらいの旅だっけ?
S:そうです。またいつか、行きたいと思ってますよ。
J:また自転車で?
S:いや〜、次はせめてバイクですかね。野宿もしたく無いです。
J:だよね(爆笑)
S:綺麗な旅館とか泊まりたいですし。

J:それで10年前に1店舗目である客席12席の炉端「雷橋」をオープンやんね。スタッフは、今「永らく」のいとやんと二人で。
S:最初の半年くらいは暇でしたよ。
J:オープン当初に行かせてもらった時は、席も空いてたもんね。
S:最初から自信は凄くあったんで、いつかは忙しくなるやろうなと疑ってなかったですね、余った食材をいとやんと一緒にひたすら食べて勉強してました。
J:忙しくなったきっかけはあったの?
S:「ソワニエ」創刊号に掲載されたのがきっかけですかね。
J:いきなり予約が取れない店になったもんね。
S:当時の編集長へは今でも感謝してますよ。

「うちの『焼き加減』は、真似できないと思いますよ」

J:当時は焼き鳥屋が多い福岡の街で対面式の炉端焼きを始めたのは「雷橋」が最初だったよね。
S:自分もそう思います。そこは自負してますよ。
J:今では同じようなカウンター対面式の炉端焼きが増えたけど。
S:無かったですよね。
J:無かった形を作るにあたって不安は無かったの?
S:正直、絶対に成功すると思ってました。
J:今では福岡だけでは無くて、県外でも沢山真似されてるもんね。
S:そうですね、沢山の方に色々聞かれましたもん。
J:真似されるのはどうなん?
S:全然良いですよ、光栄ですし。

J:僕が初めて「雷橋」へ行った時に野菜から焼いてくれたのが凄く印象的やったね、それが凄く美味しくて。
S:寿司屋さんみたいって言われますね、焼きあがってどうぞって出すと。
J:シンプルに焼くだけやもんね。
S:そうなんですよ。素材が美味しいから焼くだけで美味しいんですよ。
J:焼くだけだから余計に難しかったりもするよね。
S:凄くこだわっているのは「焼き加減」ですね。
J:なるほど。
S:スタッフへもそこはちゃんと意識付けしてます。
J:シンプルだからこそ難しいよね。
S:そうなんです。最初は自分達で焼いて食べて、あーだこーだ試してます。
J:なるほど。
S:自分達で火加減、お客さんの食べるペースを見ながら焼いていくのは本当に難しいんですよ、これは真似できないんじゃないかと思います。
J:内装、スタイル、素材は真似できるけどね。
S:うちの「焼き加減」は真似できないと思いますよ。
J:例えば?
S:山芋なんか代表的で外側を強火でカリッと焼くのは厚みなんかにも大事ですし、干物なんかも焼くのは難しいですね。
J:なるほど。
S:物によっては遠火でゆっくり焼いた方が美味しいとか。
J:教えるのは難しいよね。
S:自分で焼いて、賄いとして食べて覚えるしか無いですね。
J:オープン当初は焼いてるさたやんから緊張が伝わってきてたもん。
S:よく焦がしよったですね、「もう一度焼かせてください」とか言って。
J:だったよね。
S:(笑)

J:素材集めるのも大変だよね?
S:いつも色々と探しようですよ。
J:僕も美味しい食材はさたやんへ紹介したくなるもん。
S:ジョニーさんには色々と生産者を紹介してもらってありがたいっす。
J:こちらこそ美味しく出してもらえるから感謝してるよ。
S:焼くのに難しいのは魚介ですね、貝系とかは慣れてない殻を開けるところからですからね。
J:それを美味しく出すのに努力してると。
S:そうです。

J:あと、店名が絶妙だよね。
S:そうですかね。
J:福岡って橋の名前で場所を覚える文化があまり無いやん、通りは渡辺通りや日赤通りなんかはあるけど。
S:そうっすね。
J:別府橋、出会い橋くらいで細かい橋の名前は気にすることなかったもん。
S:名前どうしようかと考えてて、僕の出身地の田川って炭鉱の町で町を象徴する「ぼた山」って山があって最初は「炉端ぼた山」にしようかと思ってたんですよ。
J:ヘぇ〜。
S:物件決めて不動産屋と話ししながらうろうろしてたら小さい橋に「雷橋」って書いてるのが目に入ってきてピンときましたね。
J:そこにある橋の名前って聞いた時は凄く新鮮やったよ、福岡にも小さな橋に名前があるんだって思ったもん。
S:それで2店舗目の物件の場所も「三光橋」だったんで。
J:ネーミングが炉端の感じとマッチしてるんで、センスあるなと思ったよ。
S:今となればですね。

「それぞれに居場所は作ってやりたいなと、日々思ってます」

J:さたやんとこはスタッフが本当に良い感じの人が集まるよね。
S:前世に良い事したのかなと思ってますよ。
J:(笑)
S:むちゃくちゃ良い人達が集まってくれてますね、ありがたいです。
J:さたやんの人柄やね、そんなスタッフ達へ気に掛けてる事は?
S:それぞれに居場所は作ってやりたいなと、日々思ってますね。僕から見てそれぞれに向き不向きがあるのを見極めて、この子はコレに向いてるからココの立ち位置と役回りとか。
J:なるほどね。
S:こいつには任せたいなと思ったら、実際に任せたり。
J:お店を?
S:店もそうですし、やりたい事をやらせたいと言うか店長の右腕に誰をつけようかとか。
J:新しい店舗出す時、さたやんは、必ず数ヶ月は店に居て、雑用とかしてるもんね。
S:一緒に働かないと見えないですしね、それぞれの良さも悪さも。
J:そうだよね。
S:それが僕の仕事かなと、今は思ってます。働いてくれているスタッフには感謝しかないですね。
J:独立した、いとやんの「永らく」もひろしの「山之口」もミシュランとかで評価されて。
S:本当に凄く嬉しいですね。
J:辞めて独立した人間が評価されればされるほど良い人が働きたいって来たりするの?
S:ズバリそうっすね。うちを選んで来てもらえるのは嬉しいですね。
J:そうだよね。さたやんはスタッフからの信頼も厚いしね。
S:やっぱ現場が好きなんで、スタッフと一緒に働くのが一番と思ってるんですよ。中洲に呑みに行ったり、営業中に呑み歩いたりしないんで。
J:スタッフがオーナーを信頼して気持ちよく働くと、店の活気に繋がって、客としても気持ちいいもん。
S:そうですよね。
J:営業後のさたやんは酷いけどね。
S:(笑)

J:これからの展開とか、考えてるの?
S:スタッフに店を持たせたいですね。店舗展開というか。
J:そうなんや。
S:橋って全国にたくさんあるじゃないですか。今の「三光橋」の店長は大阪出身なんで大阪帰るなら「炉端心斎橋」とか会社に体力あれば出してやりたいなとか。日本じゃなくても良いかなって思ってますよ。
J:最近、英語、習っとうもんね。
S:全然上達しないけど(笑)
J:海外ではどんな事やろうかとか考えてるの?
S:妄想するのが好きなんで、色々考えてますよ。イメージできる事は形にできると信じてるんで。
J:それは楽しみやね。

J:いろんな店がある中で、さたやんの店が上手くいったのはなんでやと思っている?
S:まぁ、最初に入ったフレンチのシェフが凄く良い人で、飲食ってこういう物なんだと教えてもらったのがその人。「四十五円屋」の時はどちらかと言うと反面教師で、京都の時の社長はバリバリのビジネスマンでキツかったですけど勉強させてもらった。これまでに関わった方々のおかげかなと思っています。
J:良い話や、簡単に成功なんて無いもんね。
S:いつかは店を持ちたいって思い続けてたんで、理不尽な事や辛い事にも耐えれたのかもしれませんね。
J:どの業界、社会も一緒やね。
S:そうかもっすね。独立は、できる奴はできるけど、できない奴はできないんで、独立できない奴の居場所を考えてあげるのも僕の仕事ですかね。
J:偉いなぁ。よっ大社長!
S:なんがですかっ(笑)

J:最後に、「あなたにとって、“しあわせに生きる”とは?」
S:人の目を気にせず仲間の為に貢献できて、仲間が幸せな事ですね、いくらお金を稼いでも仲間がいなかったら幸せじゃないし、仲間と腹の底から笑える事じゃないですかね。

 

〔 話を終えて 〕

10年前に「雷橋」をオープンして、「三光橋」「肉の雷橋」「殻の三光橋」とカウンター対面式の炉端焼きを福岡へ根付かせた、飲み友達のさたやん。炭を使って焼くことを共通点に、「GOOD TIME SMOKES」というNYバーベキューの店も展開している 。

改めて、いろいろと話を聞いて、福岡の街への憧れを持って育ったさたやんは、その福岡の街で、今、自分が店をやっている事に誇りを持っているんだろうなと思いました。
「憧れだった福岡の街」をつくっている一人に、今なっていることが、根本的なモチベーションになっているのだろうと。

やっぱり「イメージ、妄想」は大事です。
そして、その「イメージ、妄想」を、自信を持って形にする「行動」は、誰にでもできることじゃありません。
イメージできる事は形にできると信じてます」と言った時に、インタビューしている店内を見渡して、これが「さたやんが思い描いたイメージ」なんだ、そのイメージの中に居るんだ、と感じました。

自信に溢れ、男気溢れ、酔うとちょっと面倒な男であるさたやんが、僕は大好きです。

これからもまだまだ活躍していくし、もっと素敵なお店を作っていくでしょう。

さたやん、今日はありがとうございました。
また飲み行きましょう!

山下 宗孝

PROFILE

雷橋オーナー
佐竹孝雄 さん

Qラボ編集部 ライター 山下宗孝

TEXT BY

munetaka.yamashita
Qラボ編集部 ライター 山下宗孝

18歳で福岡の古着店でアルバイトをはじめて以来、福岡の街と共に生き、福岡のカルチャーシーンに深く関わってきた、ジョニーこと山下宗孝。 数々のファッション・雑貨のセレクトショップを立ち上げる傍ら、音楽活動、飲食で店のプロデュースまで行い、最近では福岡のタウン誌に銭湯記事を連載。

Qインタビュー

− 九州で、社会の第一線で活躍する人から学ぶしあわせのカタチ −

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