Qラボ 九州しあわせ共創ラボ

vol.2株式会社ALOHAPLAN代表 Sunset Live実行委員会代表
林憲治さん

野外フェスの先駆けであり、福岡のカフェブームの走りとも言える「Beach Café SUNSET」のオーナー・林憲治さんにインタビュー。観光スポットとして人気が高く、食材も新鮮で美味しい“糸島ブランド”として知られる糸島エリアの魅力について伺いました。

糸島にはいつからお住まいですか?

両親は糸島の人だったんですが、3歳までは西区に住んでいました。それ以降は、父が転勤族のサラリーマンだったので、関東や関西、東北などにも住んでいました。
本当に、全国の都市近郊の新興住宅地を転々としましたね。僕は、父が反面教師というか…、サラリーマンの父親や社会を見て育ち、いろいろ考えることがあって、今のライフスタイルを選んだ気がします。

大人を見てどんなことを考えていましたか?

当時の僕は、自分の周りの大人を見て「格好良い」と言えることがありませんでした。例えば、小学生の時、電車通学で車内の大人がみんな疲れた顔をしていることが気になっていて。
朝だから子どもの僕は、「今日は何があるんだろう?」とワクワクしていたんですが、そんな大人の様子を見て気持ちが冷めてしまったり。楽しそうにしている大人が少なかった。

今のライフスタイルで大事にしていることは何ですか?

僕は、サーフィンをやり始めてから人生観が変わりました。サーフィンの先輩と出会って初めて「格好良い大人」に出会いました。遊びをメインにしながらもしっかり仕事ができていて「こんな大人もありなんだ」とびっくりしました。自分の自由を守りながら生活している姿が格好良く見えましたね。

その出会いが、大きな転機となったようですね。

当時僕は20歳で、その先輩は10歳ほど上でした。先輩は、佐賀県の唐津市出身だったんですが、国会議員の秘書をした後に、僕と同じようにあちらでの暮らしが合わず、こちらへ帰ってきたという人でした。先輩を筆頭に、サーフィン仲間との時間はとても貴重で、そこにある環境や人との関係が全てうまく行っていて、いつでも笑いもあって、この楽しさを伝えていくことが使命だと思うようになりました。

その使命感が、サンセットライブを開催する理由となったんですか?

僕の夢がサーフィンのポイントの前に住むことだったんですね。それがそもそもの始まりで、二見ヶ浦というポイントの前を拠点にスタートしました。当時、このエリアの魅力を理解している人はいなくて…、とても残念な状況でした。だから何かを通して、たくさんの人にここの魅力を知ってもらいたくて、野外ライブを思いつきました。海辺で音楽を聞くのって、本当に気持ちいいものなんです。

Sunset Liveは、2016年で24回目を迎えました。続けるにはどんな苦労がありましたか?

開始当初は、廃棄物の問題がひどかったですね。ライブに来た人の捨てた物だけではなく、二見ヶ浦の海岸に流れつく石油製品や化学製品なども多くて清掃が大変でした。ここを使う者として、僕たちがしっかり海辺をきれいにすることを伝えていかないといけないと思い、環境保全の活動にはずっと力を入れています。

確かに、Sunset Live は、エコに対する意識が高いイメージがあります。

「きれいに楽しく」を大切にしています。みんなの努力の成果もあって、今美しい海を保っています。僕も一度しか見たことないんですが、ちょうどサンセットライブの時にウミガメのふ化が重なったことがあって、それはみんなで騒ぎましたね(笑)

自然の素晴らしさは、福岡の魅力のひとつですね。

僕の住む糸島市はさることながら、福岡は海、山、川があり優れた環境が揃っています。また、歴史があって近隣の島や対岸の国との文化交流がさかんなのも魅力。色々な価値観や風土を知ることができる場所だからこそ、感性や想像力が豊かな人が多いと思いますね。

糸島のキーマンと言われる人たちに共通する点はありますか?

やっぱり、ひとつのことを長くやる姿勢ですね。例えば、50年も前に移住してきた「久保田農園」さん。ハーブで有名ですが、彼らもかつては移住者でした。ここで長くやり続けたことによって注目されたのだと思います。木のようなもので、長く続けるほど地下深くまで根が伸びて、土地と周りの人たちへの影響が強くなっていきます。

林さんは、現在、糸島で飲食店を3店舗経営されています。その立場から見て、昨今の糸島は、なぜこんなに盛り上がりを見せているのでしょうか?

便利になりすぎた町の暮らしからの揺り戻しがあるんじゃないでしょうか。糸島は、静かでちょっぴり不便なところがいい。田舎で自然で、人間らしい生き方ができる。町は効率優先ですが、ここでは時間に追われることなく自然の現象を感じられます。それが町の人たちに魅力的に映るのでは。今でこそこんな話題のスポットですが、僕が移住した頃は本当に何もない所でした。そんな未開拓の地だったからこそ、新しいことをやりやすい環境だったんです。僕だけではなく、飲食業や農業を始める人、アーティストやクリエイター活動に励む人など多種多様なモノづくりの現場の人や趣味を謳歌する人にとって恵まれた環境でした。彼らが地道にライフスタイルを発信し続けた結果、さまざまな文化が交差して、今のような独自の魅力を持ったエリアになったのだと思います。

九州は“しあわせ度”が高いと言われています。林さんの率直な感想を教えてください。

思いっきり体を動かしたり、自然に触れる機会が多かったりするからですかね。福岡は都会ですが、まだまだ自然が多くて田舎っぽい所も近い。田舎は「遊び心」があれば楽しく生きていけます。やっぱり行く場所やすることがないからこそ考えるわけで、創造する機会がたくさんありますよね。昔、おもちゃがなかった時代に、あるものを工夫して遊んでいたのと同じように、遊びを見つけられる環境って大事だと思います。

九州がもっと盛り上がっていくにはどのようなことが必要だと思いますか?

若い人を中心に、「夢中になれる遊び」を見つけることが大事。それが良い循環を生むきっかけになる気がしています。やりたいことをやるというエネルギーはすごい。まず、大人の側が多様な価値観を受け入れて、「いろんな生き方があり」だということを認める。そして若い人たちが新しいことをやりたいと言った時に後押しできる環境が作れればと思います。以前にポートランドに行ったことがあるんですが、あそこは一つの理想だと思います。飲食店は、アメリカ料理というか創作料理の店が多いんですが、マニアックで変わった店が多くて、ほとんど似たような店がないんですよ。「変わりもの」を認める多様性が文化として根付いているのだと思います。

これからやりたいことなどはありますか?

僕は、すでにやりたいことをしすぎているくらいで…、今日も早朝から長崎へサーフィンに行ってきました。今のように、好きなことと仕事のバランスが取れた生活を続けていきたいですね。そして自分の周りにも、個性を尊重した暮らしをしていって欲しいと思います。

最後に、林さんにとってしあわせとは何ですか?

サーフィンでクタクタになった後寝ることですかね(笑)魂が喜ぶことがしあわせ。しあわせについて、特別に意識したことはないですが、あえていうなら生きていくのに大切なテーマのようなもの。しあわせだと自分が思えて初めて、人に与えられるし、やさしくなれると思います。自分にとってしあわせに思うことが何かとか、社会にとってはどうかとか、歳を重ねるにつれて変わるものとどう向き合っていくかが生きる楽しみになっている気がします。

PROFILE

株式会社ALOHAPLAN代表 Sunset Live実行委員会代表
林憲治さん

1961年生まれ。サーフィンと海好きが高じて、1990年福岡市西区の海岸沿いに、「Beach Café SUNSET」をオープン。1993年より、カフェでSunset Liveをスタート、以来毎年恒例のイベントとなる。2002年より、イベント開催地を糸島市にある芥屋海水浴場へ移動。現在、「Beach Café SUNSET」(福岡市西区)、「CURRENT」(糸島市志摩野北)、鮨「空 -ku- 」(福岡市西区)を運営している。

Qラボ編集部

TEXT BY

九州しあわせ共創ラボ
Qラボ編集部

九州しあわせ共創ラボは、リサーチを通じて九州の生活者の意識を把握し、「これからのしあわせ」を九州の人々と共に発想していく活動体です。

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− 九州で、社会の第一線で活躍する人から学ぶしあわせのカタチ −

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